330193 / NANIWANO
生ひ立ち私の上に降る雪は
真綿のやうでありました
或る少年の声はか細く誰の耳にも届かなったが
活字は誰の目にも見えた
インクになった声に目を通した詩人が言った
「君の言葉には力があるね」
はじめて自分の言葉が他人に届いた少年は
唇を万年筆の先に重ねて
思いを青いインクに託した
少年が言葉を紡げば皆が微笑む
当然だと詩人が背中を叩く
微笑む人の心は知らない少年
今日も詩集が印刷所で刷られる
私の上に降る雪は
霙のやうでありました
私の上に降る雪は
霰のやうに散りました
或る少年は部屋にこもり詩を書いた
書いて書いて書いて書いて書きつづけた
やがて腱鞘炎になった
動かない手に鞭打って少年は詩を書いた
詩人と編集が急かすので少年は口も耳も塞いでしまった
やがて言いたいことがわからなくなった少年は
首筋に万年筆の先をあてて
一思いに青い薬品を飲み干した
少年は涙を流して微笑む
どうしてだと詩人は悲しみにうなだれる
微笑む少年の心は知らない人々
今日も詩集が印刷所で刷られる
私の上に降る雪は
雹であるかと思はれた
私の上に降る雪は
ひどい吹雪とみえました
瞳を閉じて浅い呼吸をする少年
夭折の詩人の詩の走馬灯
浪漫と白昼夢の世界へ行きたいと切に願った
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……
少年の命は儚く尽きる
残念だと世間は目を伏せる
微笑む少年の遺影は見ない人々
一層輪転機が忙しく働く
一層輪転機が忙しく働く |
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